2026/04/12
どうも、お久しぶりのブログ更新になりました。
なんで時間が空いたかって?
このHPの仕様上、更新がめんどくさいんですね、Dreamweaverで作ってるからね。
さて、まず手短に結論だけ先に述べておくと、私が俺という一人称を使わなくなったのは高校3年生の秋(2019年)です。
もう結構前だね。18歳手前までは俺って言ってたのがもう懐かしいね。こうやって文字に打つ分にはまだ平気だけど、口にするのはもうだいぶ抵抗あります。
いじめの本当に発端は幼稚園でした。
原因は些細なこと。些細なんだけどよくあること。
そう、“トイレの大”問題。男性諸君は経験あるかな?幼少期の女の子の事情はちょっと分からないからノータッチね。ちなみにトイレの大の話が広まりに広まって女の子にまで嫌われちゃってね、年少のころだったかな?男子は下の名前がユウキ、女子はサクラだったのを覚えてる。漢字は知らない。
それから何かと目を付けられるようになってね。運動も周りと比べて苦手で、徒競走なんていつもビリ。鉄棒も苦手。縄跳びも苦手、竹馬も一輪車も苦手。
教室外での人権は基本的にはないんですよ。発端に過ぎなくてこれは結局高校までそれを理由にいじめられたりしましたけど。
球技大会では足手まとい。ドッジボールのときはすぐに当たる位置に突っ立ってても狙われない。バスケのときは球を追うふりをするだけ。
共遊
のときは、一緒にいるふりをして逃げて日向ぼっこするか、委員会を言い訳にサボるか......
しつこいほどに追いかけまわされたり、階段から蹴り落されそうになったり、故意に自転車で轢いてきたり。
俺としての自我が明確に揺らぎ始めたのは中学2年の末、高校の進路を決めようとしたときでした。
いじめられていたせいもあってか、男子がいる環境が本当に嫌だったんですね。女子高の制服見てすごくときめいたんですよ。
あの時は本当に性転換を考えてましたね。ちょっともうどこの高校か忘れちゃったけど、可愛かったなーって思った記憶だけありますね。
あまりにも壮絶でしたねぇ当時は。
「まぁまぁ、彼にも進路があるから。人生かかってるから」「そういうお年頃なんだよ」「男なら我慢しろよ」
そんなことばかり言われてきました。あまりにも無責任で雑ですね。
皆さん耐えられますか?1日に最大で100回近く「死ね」って言われるんですよ。それを乗り越えても文句言っても怒られるんですよ、信じられます?
逆に吹っ切れて何も感じなくなりましたね。言われる言葉の中身よりも、ひたすらちょっかいかけられるしんどさが強かったね。
中学時代は日平均数十回は言われましたよ。むかつくのはしつこいことだけなんだけどさ。
どんなことをされてもうちの親は助けてくれなかったし、「いじめられる弱いお前が悪い」のスタンスだった。
そんな親の影響もあって余計に病んじゃって、高2の末から精神科に通ってたんだけど、初診の帰りに父親に言われた言葉を今でも覚えてる。
「過去は戻せないけど、お金の事だったら助けるから許してほしい」
私たちはあの日から家族じゃなくなった。私の苦痛を、存在を、心を、否定された気がした。
その年の秋にSDGsの研究をする授業があった。そこで私が選んだ、興味を持ったのがジェンダー平等。
男女以外の色の存在をはっきりと知った時だった。自分が“純粋な男”ではないと知った瞬間でもある。
その時期から、“俺”を使う人格は檻に閉じ込めました。以降出てこないので、もう死んだのかもしれません。
お酒を飲んでも出てこないあたり、本当になくなったんでしょうね。冗談で言ったり、何かを演じるときくらいかな、敢えて使うとすれば。
今では、自分の口から「俺」と言うのが気持ち悪いと感じるくらいには抵抗があります。
さて、それから数年経ってVTuberを始めたときの一人称はボクでした。
懐かしいね、いつ辞めたんだっけな。
結局しっくり来てるのは「私」「あたし」なんですよね。
自分ではちゃんとWATASHIって言ってるつもりなんですけど、W抜けがちなんですよね。
そして気が付いたら女性ホルモン始めたんですよね。
これで本当に変わっていけるかな。
ちなみに今のところ家族には言ってないです。
いつかは性転換もしたいです。できればタイで。一番技術が進んでいるらしい。
国内でもいいんだけど、できればの話ね。どのみちお金をすっごい貯めないといけない。
300万くらいね。
生まれ変わりたくて音楽を作り始めて、一人称を変えて、配信も始めた。ホルモン注射も始めた。
残るは性転換のみ。つまりはまだ道の途中。
どうなっていくかは未来の私に任せるとしましょう。
今は今の“私”として生きていこうかな。